ホーム>掲示板

掲示板です!mixiと同じ感じでスレッドごとに分かとるで自由に書き込みしたってねー。てかたくさん書いて。
携帯も連動しとるで、パソコン苦手なら携帯から見てねー。

イイ思い出のみスレッドby あ、おれ?Aどぅー (2007/03/03 Sat 18:10)

千摺りを繰り返し日々のストレスを解消しているC松くんはじめ、スケベな野球部のみなさまコンニチワ!
掲示板を見返してみるとエロ話、妥協話、犯罪話など、野球部に泥を塗りたくった話ばかりではないですか?
たまにはね、イイ話でもしようじゃないの。
ここはイイ話専用です。自分が活躍した話バンバン書いてください。自薦他薦OK。邪にほめられた事など何でもいいです。


プールに身を浮かべたあの夜by 感動話の申し子A (2007/03/03 Sat 18:24)

なんとなくアメリカに行っているH野の動向を不安に思いつつ、特に問題を起こさず帰国してくれ!日米問題に支障のないようにと願掛けを行うA藤です。
イイ話、先行馬としてスタートを切ります。

1試合で6アウトを欲張った坂本氏の活躍で幕を閉じた我々の夏。肩を落とし泣き崩れた顔も笑顔を取り戻し、記念撮影をしまくった後、長良高校のグランドへと舞い戻ってきた。
ちょうど夕日が沈みかけ、リックスの黄色い看板が赤褐色に染まる時間帯の光景が今でも目に焼きついている。
「もぅ野球をすることもないんだな。束縛から解放された喜びもあったが、何と言うか寂しげな感情がわが身を奮い立たせた。3年間汗水垂らしたグランドが、その時ばかりは感動の対象となっていた。」
確か引退記念に誰かとキャッチボールをしたのを覚えている。
その感動シーンの横で年下足立は、彼女を連れバス停でイチャついていた。

時間も経ち帰った奴もいれば、帰る支度をしている奴もいる。

で肝心のワタシはというと、安藤、塚中、俊治、高井、あやこ、みなこで水賭けをしてました。まだ明るい時間帯から始まり、日が暮れてもまだ終わらない。

ふと気づくと辺りはドップリと暗闇に染まり、校舎の電気もすべて消え、校内には6人だけが残っていた。

「あービチョビチョになっちゃったねー。」
「あっ、わたしパンツの着替え持ってないよー。どーしよー。」
「てかこんだけ濡れると着替えるのもめんどくせーわー」
「じゃぁさ、プールに入らへん?」
「プールって学校の?」
「うん。誰もいないしさー」
「いーねー。入ろ入ろー」

長良高校のプールはいい場所にある。隣は長良中と長良公園。多少騒いでも誰にもバレないのだ。それをいいことに私たちは、泥だらけになった服でプールに浸かり、月明かりをバックに真っ暗なプールで大いに遊んだのだ。
それはもう楽しかった。一言では言い表せないくらい楽しかった。
ほんの数時間前まで岐阜第一高校と熱闘を繰り広げた険しい起伏はスッカリ忘れ、この世の終わりくらいに楽しんだのだった。


あの頃の気持ちは一生もんby 涙のCずく (2007/03/05 Mon 06:56)

僕は名古屋から大府の営業所にいつも働きに行っている。大府高校に仕事で行く時があった。校舎の中には槙原や赤星の時代の野球部の写真や記念品を見ることが出来た。(槙原今とあんま変わらんなぁ。てかこん時が老け過ぎとったんか。)
外に行けばグランドには野球部員の姿。僕たちが練習試合で行った頃にはなかった立派なブルペンが出来上がっているのを発見。でもライト方向は相変わらず狭いなぁ。(僕たちが大好きだったルーズソックスをはいている子はどこ行った?)
とついつい見入って長居してしまった。そしてやっぱり自分たちのことを思い出した。

もうあれから5年以上もたった。物凄く昔のことのように思えてくる。
一人一人いろんなことを思いながら毎日あんな遅い時間まで練習していた。
帰って宿題したかったり、好きな子を思い出したり、妥協したかったり、辞めたかったり、テレビ見たかったり、SEXしたかったり、普通の帰宅部にあこがれたりといろーんな思いを持ちつつも、レギュラーも控えも野球がうまくなって試合で活躍したい気持ちは多かれ少なかれみんな必ず持っていた。

またチョッと戻ってやって見たいともと思うし、嫌やとも思う。
あんな気持ちになれることはもう無くなった。何やったんやろう?あの気持ちは。

なんであんなこと無料でやっとったんや?
こう思った時点で、練習している大府高校の部員と自分との高い壁を感じた。

自分はあんま変わっていないつもりやったから、少しショック。逆に言えば成長したともいえる。だからどっちが正しいって事ではない。

あの頃と今を比べてどうこう考えようとすることは無意味だった。

ただたまにあの頃の事をそうやって思い返すことで、今の自分への特効薬となって、喝をいれてくれる事は間違いない。

んーーー 野球やっとってよっかったな。

で、このホームページ作ってくれた安藤さんに感謝感謝


スクリーンに映し出される感動by パブリンA 錠剤 (2007/03/05 Mon 09:49)

文武両道を掲げる県立長良高等学校の年に一度だけ訪れる秋の祭典「文化祭」。
全校生徒が一致団結し最高の催し物を出し合う祭の最終章に、放送部が上映するビデオがある。
これはこれは滑稽な内容で5秒ごとに体育館中から声高らかな笑い声が木霊する。
その一編に野球部ムービーのコーナーがあるのを忘れる人はいないだろう。
もちろん「笑い」からは脱線いない内容だか、純白のユニフォームを土色に汚しながら激しいノックを受ける姿や、前後左右計算された長さにカットされたボウズ頭からしたたり落ちる大粒の汗、試合での活躍を鮮明に表したカット、夢中だからこそ出てしまうガッツポーズやヘッドスライディング、夏の炎天下の中で野球部を応援して下さっているスタンドの皆様の温かい姿など、ほんとにほんとに素晴らしいムービーを作って頂いた。
きっと私達だけは他の生徒と違った観点で観賞していたと思う。

放送が終わった後、同じクラスにだった小森慎二と「でーれいいビデオやったね!すげー野球したくなってきたもん。うれしかったしモチベーションくそ上がってきたわぁ」って談笑してたよ。

あのビデオはホントに好きやった。また見たいくらいです。


3年間分の笑顔でby タミフルとTシハルって似てる (2007/03/05 Mon 14:49)

元来涙もろいのかもしれません。でもあの時の一言は忘れることもできないし、
今でも思い出すと目頭が熱くなります。

2年生の夏だったか、秋だったか。私はソレをやらかしました。野球部始まって以来の不祥事を起こしてしまったわけです。(生徒指導の後藤曰く。)

あの日生徒指導室へ呼ばれ、ぶん殴られるのを覚悟していた私。しかし彼は殴ってくれません。あの時殴ってもらったほうがどれだけ気が楽になったことか。彼は悲しそうに「謹慎明けに俺のところに来い。」と言って去ってしまいました。
当時生徒指導の後藤は心ないことばをさんざん私にぶつけてきました。
「野球部も終わりだなァ。対外試合も出来ないだろうし、夏もでられないんじゃないか。」
この他にもなにやら言っていましたが、あんまり覚えていない。心臓の弱いやつなら自殺しちまうぞこのバカが。。。と心の内で思って聞いていましたが、やっぱり気になる野球部の今後。

謹慎の一週間の間、やめるかどうか真剣に悩みました。でも最終的にやっぱ野球をやりたい、そう思ったので、謹慎明けに彼のところへ行き、胸のうちを伝えたところ、残留決定。永久坊主の烙印を頂いて。。。

そんなこんなで3年間野球部に所属し、いよいよ卒業式。
野球部恒例の先輩送り出しの儀式。視聴覚室から退場する前に、一人一人が彼と一言を交わす。

私は思いっきり頭を下げて、言いました。
「たくさんご迷惑おかけしました。ほんとに申し訳ありませんでした。」
今考えると、しっかり謝罪できたのはこの時だけかもしれません。普段は怖かったから(笑)

頭を下げていると彼は私の肩を叩いて一言いってくれました。
「頭あげろ。まだまだお前もこれからや、あん時のこと忘れずに頑張れよ。」

会話自体一瞬のものだったけれど、その中にはすごくたくさんのモノが詰まっていて、いろんな想いをこめてこの言葉を言ってくれたんだと思う。(多少美化しちゃってんのかも) でも私の中では印象に残っているシーンで、この人と野球やって良かった、あの時やめてなくてよかったと思えた一瞬なんです。

頭を上げて彼の顔を見たとき、3年間ずっと見たことの無い、今までずっと貯めてきたんではないかと思われるくらい、満面の笑顔でした。


涙を呼ぶ三塁打by 感動の申し子A (2007/03/05 Mon 21:48)

私が3年間の間で1番感動したかもしれないシーンは、これである。
我々が最後の夏大を迎える前の最終戦、誠信高校との一戦での話だ。
少々失礼な話ではあるが、前もって断っておこう。夏大前の最終戦と言うのは、夏にベンチに入れない選手にとっては引退試合となるのだ。
もちろんそんな言葉を発する仲間は誰一人としていない。みんな分かってるんだけど心の中で思うだけ。夏にベンチに入れない仲間の悔しさはよく分かる。

昼飯を挟み、Bチームの試合が開始される。
普段であれば年下の2年生がスタメンに名を連ねることは勿論ある。しかし、この日だけは別なのだ。"ほぼ"ではあるが3年生主体で9イニング戦い抜く。やっぱり誰一人として"引退試合"なんて言葉発さない。
試合も中盤〜終盤に差し掛かるにつれ、どんどん選手を交代していく。普段ベンチを温めている選手は全力ダッシュで守備位置につく。男の晴れ姿だ。
私も特別な思いで試合に出ていたことをよく覚えている。なんというかボーっとしながら。。。。いろいろ複雑な事も考えていたし。

試合が8回か9回を迎えた頃だっただろうか。
ネクストバッターズサークルにはウエポンことジョンソンが入っていた。ウエポンと呼ぶ奴のほうが多いが、私はジョンソンと呼んでいた。
ご存知の通り、彼は1度野球部を辞めた。理由を覚えていないのが申し訳ないが辞めてしまったのだ。しかし彼は戻ってきた。「マネージャーでいいのでもう1度みんなと野球がしたい」と!
それからと言うもの、ジョンソンは毎日毎日頑張っていた。もちろん同じ練習もしたが、裏方の仕事もよくやってもらった。試合には出られない。選手達と全く同じメニューをこなせないもどかしさは絶対にあっただろう。ただノックは楽しそうにやってたけどね(笑)
彼のノックはかなりのレベルだ。チーム1の巨漢から振り下ろされるバットはボールを"弾く"というより"運ぶ"。ホームランバッターの打球をバンバン放つのだ。
そんな彼がネクストでKTバットを3本持って素振りをしていた。

近くにいた私はジョンソンに駆け寄った。
「おっ!ジョンソンネクスト?チャンスやん!でかいの打ってよ〜。そうや!スリーベースにしてよ!そいでさ、サードベースにヘッドスライディングしてよっ!まじでっ!外野抜けたら三塁まで走ってよ!」
と注文を出した。彼はこの会話を覚えていてくれるのだろうか?
そして迎えた彼の打席。久しぶりの実戦で最後の実戦になるのだ。私はもう目がうるんでいた。なんでだろう?   分からない。。。何故だか目に涙がたまるのだ。
ふとベンチのみんなを見た。おぉ!結構みんなも涙してねぇ?必死に応援してるし明らかに感動ムードだった。邪は…? 邪も涙こそ浮かべていなかったが満面の笑みでバッターボックスに視線を送っていた。
もぅまじでまじで応援した。「打てぇ〜打てぇ〜」以外の言葉が見つからなかった。必死に必死に声を出した。
と、ベンチの声援が彼の胸にまで届いたのだろう。あの巨漢をクルっと回し、スイートスポットから放たれた打球は

カッキーン

と甲高い金属音を残し流星の如く飛び上がった。
「うぉーーーーうぉーーーーー打ったぁ打ったぁ打ったぁ!!抜けろー抜けろー!!いけーいけーいけー!!!うぉーーー抜けたぁ〜!!走れぇ〜走れぇ〜走れぇ〜!!サードまで行けーサードまで行けー」
ベンチの声は明らかに大きかった。今まで聞いたことのないボリュームだった。
その声なのか雑音なのかよく分からない音が届いたのか、鈍足である彼は躊躇することなく二塁ベースを蹴る。
「うぉーーーーうぉーーーーー!!滑れぇ〜滑れぇ〜滑れぇ〜滑れぇ〜!!飛べぇーーーーーーーーーーっ!」
すると

ズッドーンと巨漢が宙に舞い、手からザザザザザザーと勢いよくベースについた。
「うぉーーーーうぉーーーーー!!うぉーーーーうぉーーーーー!!うぉーーーーうぉーーーーー!!うぉーーーーうぉーーーーー!!やったぁ〜やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

ベンチが泣いた。みんなが泣いた。選手が泣いた。後輩も泣いた。マネージャーも泣いた。邪も泣いた。親さんも泣いた。雑草に潜む昆虫でさえ泣いた。

あれほどまで泣ける三塁打を私は、これまでもこの先も見ることがないだろう。


男の涙by AAAカップ (2007/03/08 Thu 09:32)

くどいようだが坂本話の冒頭をもう1回。
坂本の欲深いアウト稼ぎによってピリオドを打たれた我々の最終戦から1年がたった時だった。
塚中のB型野球から足立の貧乳野球へとチームが若返りを図っての集大成、夏大での1コマだった。
道下とア堀の二枚看板を軸に、3番貧乳の勝負強い打撃、雰囲気ムンムンの4番纐纈、益田南戦で決勝打を放った郷、左打ちにして長打力が伸びた吉田、文武両道をやり抜いた中島、エロ本にも登場した速水など(名前出てきてない奴わりぃ)で順調に勝ち進んでいた長良高校。

彼らの最後は大垣市北公園野球場での清翔戦だった。
私たちは後輩の甲子園を夢見て、試合があるたびに応援に行ったのだった。

終盤4-3で負けている場面だった。一打同点&逆転のチャンスにキャプテン貧乳!応援歌は「いのき」
「カッセカッセあだちーカッセカッセあだちー、うぉぉぉぉぉぉぉぉあっだぁちぃぃぃぃぃっー!!!!!」
その日1番の声が三塁側スタンドから響く。みんなバッターボックスの彼を信じていたのだ。男の唸り声と女の黄色い声援が融合し、ほんとにほんとにでかかった。後から聞くとバッターボックスの彼も声が大きかったのは分かったみたいだ。
が、大きなファールを打って沸かせたが、結局得点は入らなかった。

ん?私がいいたいのはそんな話ではない。。
私がよく知る後輩N井がスタンドにいるではないか。甲子園球児の雰囲気漂う彼だが、ベンチには入っていなかったのだ。
そのことを事前にメールで聞いてはいたが、やはり驚きは大きかった。確かに打ちそうで実は打てないとか、取る体勢よくても守備範囲狭いと思うけど、実力的には申し分ない。私は現役時代彼と一緒にプレーしたのでうまさはよく分かる。
ふと聞いてみた。
「なんやお前、サード速水に取られたんかぁ?」
「まぁね。けど速水いいよ!けっこう打つしさ!」
その返答に正直驚いた。
てっきり「速水なんか大したことねーて!なんであんな奴がレギュラーか分からん!」て悔しさ露に言ってくると思っていた。彼は仲間を素直に認め、大人になっていた。
ベンチに入れなかったのは当時の監督とイロイロあったせいかもしれんけど、決してそれを語らなかった。
そして4-3のまま負けてしまい彼らの夏も終わった。
そして試合後、あの傲慢で有名のN井は「はやみずぅぅぅぅぅ〜」と発しながら速水に抱き付いた。声を荒げ人目を憚らず大粒の涙を流しながら…


みんなの思いを一つに。by 背番号8 (2007/03/12 Mon 02:12)

夏の大会。負けた時が引退の時。しかしミレニアム世代全員がベンチに入れるわけではなかった。2年半共に野球をしてきた仲間、全員がベンチに入り一丸となって甲子園を目指したかったのは言うまでもない。
 
 長良野球部を代表してベンチに入る者。それ同じ思いを持ちながらもしかし、スタンドに入る者と分かれてしまう状況があった。
 ベンチに入れない者、どれほど辛い事なのか、あの2年半を思えば強く伝わってくる。だが、その状況で全員が最後の最後まで思いは「長良高校野球部」でいてくれた。最後まで多くを支えてくれてスタンドでも大きな声援をくれて、強く勇気づけられた。非常に感謝している。
 最後の大会を前に、グランドに居ようがベンチだろうがスタンドだろうが野球部の思いは一つだった。
 「まだこのメンバーで野球がしたい」

 その思いや大一番に臨むそのままのアツイ気持ちを青い大メガホンに記した。
思いを一つに、立つ場所は違えど全員で戦い全員で勝つ。全員が大きく力強く記した文字を見るたびに、あの夏が思い出されてくる。。。

 「努力無限」
 「甲子園1勝」
 「初球をスタンドに」
 「四番復活」
 「ボールをしばふ」
 「大爆発」
 「青春しようぜ」
 「守備ならまかせなさい」 
 「スタンドの秘密兵器」 
 「イノキで「優」用意!打ちます」
 「闘魂」
 「ノーエラー」
 「2試合目の四番」
 「青春の1ページ」
 「気合で勝て!」
 「我が青春ここにありき」
 「代打の切り札」
 「やればできる」
 「一振りで決める」
 「長良旋風」
 「気持ちの問題」
 「秋春のリベンジ!全試合俺に任せろ。奪三振王」
 「絶対絶対絶対絶対絶対あきらめないファイト!」
 「弱気は最大の敵」
 「青春ド真ん中!」

 「ローマがついている」

 最後のはよくわからんけど、、 ローマ?女の子やなかった?

 この字が色褪せてもあの夏を忘れることはないだろう。


内野6人組みby 最弱カブラーC (2007/03/20 Tue 01:40)

申し訳ないけど、チョッと6人組みの話。いい思い出っていうか、僕的には思い出すとなつかしくて切ない感じ。

ホント野球部ではトランプがはやった。練習後のこれが楽しみで厳しい練習も我慢出来た人もいるだろう。カブはやっぱり楽しかった。頭のきれる奴は巧妙ないかさまを使い、坂本や隼人や僕に高額な負債を抱えさせた。

内野の6人組は、部室、長良公園で時間があればやっていた。ひどい時には、両替がすぐ出来るようにとリックスでやっていた。あれは今考えると怖い。普通に近所の人に見られてチクられたら、話が高野連にいって、大会出れんくなっとったって!

練習のない日も遊びにいかんと、夜九時までカブ。他のみんなも一緒になってやっているときも結局最後まで残るのはいつもの6人。
内野6人組みは女の話は毎日していたが、基本はシャイ。ホント彼女とかできんかった人ばっか。だからどっかみんなでカラオケやゲーセンとかに遊びに行けばいいのに絶対それは無かったし。なんか変な感じの関係やったなぁ。

僕はカブは大が付くほど嫌いやったし、負けまくった。でも楽しかった。

みんなその時は口にしんかったけど、カブが楽しいだけじゃ無しに、そのみんなでおる空間がおもしろくて心地よかったんじゃないかなって思う。カブしとる間にいろんな話をしとったのが楽しかったで負けとっても帰りたくなかったもんなぁ。

いつかみんなで、まだリックスが潰れん内に、あの頑固なおっさんに手土産でももっていきませんか?


今思えばあの頃が一番輝いていたなby シークレットベース (2007/04/13 Fri 02:05)

2001年7月21日といえば何があったかは分かるだろう。あのモー娘。が、ザ☆ピースなんてのを発売し、笑って踊っていたあの日、僕らは泣いていた。
この日は今でも引退記念日として残っている。いや、悪い意味ではなく良い意味で。野球部二年半、いろいろあったがやりきった日、何かをやり遂げた日。

でもなぜだろうか?その日、俺は試合前のうえポンの姿が妙に心に残っている。スタンドから見ていたが。背番号をつけた奴らはノックに集中している。そりゃ当然だ。スタンドの奴らは、おそらくは内野ノックを見ていただろうか。そんな中、私だけは外野で必死にノックを打つうえポンの方へと視線がいった。たぶん、ずっとみていた。

彼はもちろん、レギュラーとして甲子園に行くべく野球部に入部した。だが、志しなかばで退部(原因が忘れたごめん)、コーチとして復帰した。そして今、公式戦前にユニホームを着て長良川球場の芝の上で、ノックを打っている。

なんかすごく輝いてました。形は違うけれど、夢はかなえたのかな?って。いつもよりおもいっきし打っていたような。彼は確か大学院へ行くとか何とか言ってたけれどその後は消息不明で残念だが。

輝くレギュラーの後ろにはマネージャー、そしてうえぽんがいたことを俺は忘れない。

前10件1 2 次10件

長良高校野球部の心得